「ベターコールソウル」を見返しました。
以下はネタバレがあるのでご注意ください。
関連は以下をご覧ください。
・「ベターコールソウル」感想
本ドラマを最初にみたとき、私はジミーに対して嫌悪感を抱きました。
それは見返した今回も同じです。
しかし今回見返して、異常に解像度が高いドラマだと気づきました。
異様に解像度が高く、かつ人間の内面に残酷なまでに深く切り込んだ、今までに見た覚えのない、尖ったドラマだと思います。
最初にみたときはジミーに嫌悪感を抱いたけど、何度か視聴するとキムに嫌悪感を抱くようになりました。
キムは一見して有能で頭の良い弁護士にみえるけどその実、幼児性を内包した未成熟な大人です。
シーズン1~4までのキムは、立派な、有能な弁護士に見えます。
ジミーに影響を受けて、詐欺行為に荷担するようにはなるものの、それは人格を否定するほどではありません。
ジミーとキムは共依存で結ばれています。
駄目なジミーを有能なキムが世話をする。
シーズン5以降のキムはもうひどい。
ハワードを陥れる計画は、キムが大きく関与しています。
シーズン6でのあの計画では、ジミーは度々消極的な態度をみせキムは逆に積極的です。
もうジミーはどん引きです。
たとえるなら、近くの商店でジミーはガムを万引きしていた。
それを知ったキムはガムではなく高額な酒をばんばん万引きしようと持ちかけたみたいな話。
ガムはいいけど、酒をばんばん盗むのは一線を超えている。しかしキムはその一線を超えていることに気づかない。
あの計画は極めてずさんであって、成功する可能性は低いし、もし奇跡的に成功したとしても、そのあと、ハワードは全力を挙げてジミーとキムをつぶしにかかる。
薬物投与、詐欺行為で立派な刑事事件です。
ストリートの詐欺を、法律の世界に持っていった時点で破綻しています。
キムは無料弁護、プロボノに精を出しますが、これは権力者を痛めつけても、ホームレスに施しをすればすべて帳消しになるという思考であって、まるで幼稚園児です。
嫌いなピーマンを食べたからといって家の中を汚していいとはならない。
大人の、立派な弁護士であるキムが、そんな単純なことも分かっていない。
ジミーは機関銃をもったチンパンジー。
キムはそれの世話係だったのに、いつしかジミー以上の化け物になってしまった。
フロリダに引っ越した後のキムもひどい。
自ら選択をしない生活をしており、それは自分で懲罰を与えている。
これも幼児性です。
悪いことをした。だから今後は甘い物を絶つ、というようなもの。
けれども最後は、彼女は変わりました。
すべてを打ち明け、ハワードの妻に罪の告白をする。
キムは損害賠償請求をされ、一生をその償いに明け暮れることになります。
本ドラマは、BBの制約を受けているけど、それを逆手にとった意欲的な作品です。
ジミーとキムが別れた後の場面(シーズン6の9話の終盤)は、ジミーはソウルグッドマンとなって、そのソウルの日常が淡々と描かれます。
あれは意味のない場面ではない。
ジミーはキムと別れた後、事実上死んだ。
そしてソウルグッドマンとして生きている。
なぜBBにおけるソウルは軽薄で、胡散臭い弁護士なのか。
それはそうならざるを得なかった。
本ドラマはその悲劇を描いているともいえます。
本ドラマの脚本や映像演出は神がかっており、他のドラマとは一線を画しています。
そもそも物語の主人公は善性があって当然で、それはなぜかというと多くの人に共感される必要があるからです。
しかし本作BCSの主人公であるジミーは、主観的で自分勝手で、他の人間を自分に都合良く操り、自分の利益のために散々利用します。
私はこのドラマシリーズを中盤までみたとき、このジミーの自分勝手な言動は伏線なのだろうと考えました。
つまり、最後にはジミーはその自分の主観の強さ、人を人と思わない行動を悔いて改心するのだろうと考えました。
しかしそうはならなかった。
彼は最後まで、メタ認知や客観的視点に気づけなかった。
「これは水です」の逸話にも繋がるところです。そこにあるのに、見えない。
ジミーは主観でしかものを考えないから、大事なことに気づけない。そしてチャックもマイクも、キムも同様。
・「これは水です」の意味|自分なりの解釈
だから1度目にBCSを観たときは、結末はあまり好きになれなかった。
時間が経って見返した後は、人はそう簡単には変われない、ということなんだろう、これは残酷な物語だ、と思いました。
残酷ではあるが、同時にある種の美しさも感じました。
この物語を端的に顕すなら以下になります。
主観でしかものを考えない男が、自分の一生を棒に振って、愛する女性と心の一部分でもいいから繋がりたいと考えて、それを実現させた話。
言い方を変えると、
出合ってはいけない(または出会い方が悪かった)男女が出合って相思相愛になったが、別れざるを得なかった悲劇で、最後の最後に、心の一部分では繋がった話。
更に言い方を変えると、
自分を優秀だと思い込んでいる女性が、駄目な男を世話する内にその男以上の化け物になって、多くの人に迷惑をかけるが、やがてその破滅性に気づいて別れ、自分で自分に懲罰を与えるが結局自らの罪を告白し、莫大な債務を抱えるが、精神的な安定を得る話。
以下は考察です。
このドラマは、説明がほとんどありません。
従って、解釈の余地が結構あります。
以下の考察は、私の思うところであって、正解ではないのかもしれない。
浅い理解しかしていない、または見落としている部分もあるかもしれない。
また、後知恵バイアスの影響も否定は出来ません。
シーズン1から6まで、ドラマが始まってしばらくするとイントロとタイトルバックが流れます。
およそ14秒。
ソウルグッドマン関連のアイテムなどが大写しになることが多いです。
一見すると特に深い意味がないように思える。
シーズン6の後半になると、タイトルバックの背景が青色になります。
白文字で「REC」と出ます。録画の意味です。
このイントロ、最初から見直してみると、面白いことに、画質が悪く、古いビデオデッキの映像のような趣があります。
シーズンが進むにつれて、映像が劣化していきます。
シーズン5とか6の中盤になってくると、時折色まで失われます。
音までおかしくなります。
本ドラマの導入部分は、BBのあとの世界で、ジミーの逃亡生活が描かれます。
モノクロの世界です。
ジミーはジーン・タカヴィクという偽名でシナボンの店長をしている。
ジミーは仕事を終え家に帰り、ビデオテープをこっそりと再生する。
それはソウル時代のCMで、ジミーの眼鏡には、そのCMが反射しており、そのCMだけはカラーです。
映像がモノクロなのは、ジミーが魂の死んだ世界で逃亡生活を送っていることのメタファーです。
ソウルのCMだけがカラーなのは、その時代は、彼が充実していた時期だから。
ジーンが当時のソウルのCMを見返しているのは、単にCMを見返しているだけではなくて、昔を思い出していることのメタファーだと思えます。
ちなみに最終話でも、ソウルのCMがジミーの眼鏡に映る場面があります。
イントロの映像は回を重ねるごとに劣化し、色まで失われる。
これはモノクロのジーンの逃亡生活編にループ構造として繋がっていきます。
シーズン6の終盤になると、タイトルバックは青色になります。
これの意味するところは、過去の思い出は終わり、これからは現在系で物語が進んでいく、ということの印です。
※ひとつの解釈に過ぎません。ほかの意味があるのかもしれない。けれどもイントロの映像の劣化や色が失われるのは明確な演出であることは確かです。
ちなみにループ構造は、このイントロと、二人で分け合うタバコと、ソウルのCMがあります。ほかにもあるのかもしれない。
ジミーの乗っているおんぼろ車は、スズキ・エスティームです。
エスティームには、自尊心や尊敬などの意味があります。
序盤、ジミーは公選弁護の仕事をしていますが自尊心がぼろぼろになりながらも必死に働いている、ということなのでしょう。
ジミーのおんぼろ車の後部座席のドアは一つだけ赤色です。
このドラマにおいて、色の意味は、青は正義、赤は犯罪を顕していることが多い。
HHMのロゴは青だし、ハワードのスーツも青系です。また、キムのスーツも序盤は青系が多いです。
その意味では、ソウルの着るオレンジ色のスーツは示唆的に思えます。
赤と黄色を混ぜるとオレンジになります(しかしこれはたまたまの可能性もあります)。
それを踏まえて考えると、ジミーの車の後部座席のドアは一つだけ赤なのは過去の犯罪を顕していると言えます。
ジミーは見栄っ張りな性格だから、個人的にはあんなぼろぼろの車に乗るはずはないと思っているけど、それも優先順位の問題なのかもしれない。
まずは服装。机、事務所、車、という優先順に思えます。
ちなみに日本において赤は情熱や力強さを顕すことが多いようです。ローソク足の上昇とかも赤。ゴレンジャーも赤がリーダー。歌舞伎の隈取も赤。
チャックの電磁波過敏症は精神的なものです。
この病が発症したのは、ジミーが弁護士資格をとったあと、チャック自身の結婚生活の破綻の時期とも同じです。
チャックは法曹の世界では極めて優秀です。
そこに駄目な弟、親の愛を盗られた存在である弟が入ってくることをチャックは許せなかった。
チャックにとってジミーは駄目な弟であり続けなければならない。
結婚生活の破綻やほかにもあるのかもしれないけどストレスが重なって発症したと思われます。
ある種の専門家に多い確証バイアスに陥り、自分は正しい、間違うはずがない、という信念のもと、電磁波過敏症を正真正銘の疾病と思い込みました。
キムは喫煙者です。
物語の序盤は、あまり喫煙するシーンはありません。
1話で、地下駐車場で喫煙していますが顔は影で隠れている。
これは、喫煙が彼女にとっては小さな逸脱、そしてジミーとの秘密の共有の意味合いがあると思います。
シーズンが進むにつれて、彼女の喫煙場面は増えていきます。
これはキムの道徳感の薄れを顕しているように思えます。
ちなみにジミーはあまり喫煙はしません。ゼロではないけど、基本的にはジミーの喫煙はキムとセットになっています。
キムは、一見して有能な弁護士、立派な大人の女性に見えるけど、それは外側だけで、内面は極めて未熟です。
頭が良いように見える。
けれども、客観的思考が出来ず、自己正当化ばかりで、自分の都合の良い考えをねじ曲がった論理を使って補強する、幼児性を備えた人間です。
彼女は、根本的な部分でジミーと同じで主観が強く、自分勝手です。
ジミーと仲が深まるにつれて、彼女の未熟な部分が露呈してきます。
そして詐欺行為に快感を得るようになり、依存症のような状態になってしまう。
義賊的な感情で、ケヴィンやハワードに対して悪意を持つようになり、それの埋め合わせとして、無料弁護の仕事を増やします。
学校の先生を殴って、それが後ろめたいから下級生に優しくするようなもの。幼稚園児のような思考回路です。
それぞれが単独なら、それほど害はないけど、2人揃うと周りに大きな迷惑や被害を与えます。
キムがジミーと別れを決めたのは、それが分かったから。
ハワードの死という大きすぎる代償を払った後のことでした。
これは、キムが大人になった、メタ認知を獲得したから、と見えますが実際は違うと思います。
単に2人一緒にいると、破滅の道しか見えなかったから、キムは別れを選んだのだと思う。
ハワードを殺したのはラロですが、そこに至る過程にはキムの影響力は確かに存在しました。
ハワードに対する嫌がらせはジミーが行った。
しかしそれはいたずらレベルでしかなかった。
ジミーも本気でハワードを陥れようとしたわけではない。
そこにキムが加わって、計画が補完、強化された。
ジミーはキムに嫌われたくないから、キムに従ったに過ぎない。
結果、ハワードは信用を失って、あの夜、泥酔してジミー宅に行った(これは危機管理的にはあり得ない話ではあるから、作劇上の都合)。
作中でキムは4回ぐらい、感情的に怒鳴ることがあります。
これはたいてい、図星を突かれたとき。
論点をずらすために感情的になる傾向があるようです。
その破綻に彼女は気づいていないようです。だから未熟。
キムは、本人は自覚はないかもしれないけど、この物語の中で最も罪深い。
彼女のせいでハワードは死に、多くの人が迷惑を被ったといえます。
ヘクターはイグナシオの計略により心臓発作を起こして入院します。
ヘクターは麻薬カルテルの大物です。
自宅介護もできそうではあるけど、老人ホームに入居します。
作劇上の制約もあるのかもしれないけど、ガスフリングが誘導した部分もあると思います。
BBではヘクターは車いすにのって、ちんちんベルを鳴らす老人なので、それに合わせる必要があるのでその制約です。
物語後半でラロが登場しますが、ラロなら、ヘクターを老人ホームから連れ出すようにも思えます。
これも作劇上の制約の問題かもしれない。
けれどもラロはヘクターを尊敬はしているが、すでに終わった人物とみている、という解釈も成り立つかなとも思います。
ヘクターは象徴であって実務者ではない。
あとは、ヘクターを在宅介護にすると、身辺を警護しないといけないので、老人ホームなら民間人が盾代わりになる、というのも理由としてあるかもしれません。
ラロがハワードを殺した理由は、明確には分からないけど、ラロは、おそらく部屋のドアの前で、ハワードとジミーとキムの会話を聞いていたと思います。
ハワードが、ジミーに文句を言いに来た弁護士であることはおそらく推察はできた。
ラロが扉を開けて部屋に入り(細かな演出ではあるけどキャンドルの炎が揺れる)、ハワードを殺したのは、恐怖でその場を支配するためだろうと推察されます。
ラロはハワードを殺した後、ジミーに、ガスを殺させようとします。
それはなぜか。ラロは、洗濯工場の地下に行きたい。
しかしそこはガスの手下が守っている。
ガスに刺客を送れば、洗濯工場が手薄になると考えたから。
ラロにとっては、ガスの暗殺が成功しようが失敗しようがどうでもよい。
つまり、ジミーが死んでも構わないと考えていると思います。
とにかくガスの家へ注目を集めたいだけ。
ジミーは、自分よりキムが適任だと説得し、結局キムがガスの自宅に行くことになります。
これはジミーは、キムを逃がしたかったのだろうと思える。
けれどもキムは逃げることをせずにガスの自宅に向かう。
キムが逃げなかったのは、彼女が混乱しており、思考することが出ない状態だったからだと思います。
キムはジミーと結婚します。
これは法律的な問題で、夫婦間は不利な証言を拒否することができるからです。
結婚前、キムは、メサヴェルデの件で、ジミーにひどい目に遭わされた。
普通なら、関係は破綻するはず。
しかし逆にキムが、ジミー側の人間になることを決意した、という解釈もできると思います。
実利の問題。決して相思相愛だから結婚した、というわけではないと思います。
なぜなら指輪の交換もなし、結婚式もなしだから。
秘書のフランチェスカは弁護士資格の復帰したジミーに雇われるけど、前とは違って非常に態度が悪いです。
逆にキムには、キムが困惑するほど親愛の情を示します。
このフランチェスカの態度は、単純に、法曹界や世間の目そのものといえます。
ジミーは麻薬カルテルの大物を逃がしたり、犯罪者まがいの人間を顧客にしている。
だから世間の目は厳しい。裁判所の職員も、ジミーを毛嫌いするようになる。
けれどキムは、無料弁護を引き受けているので、傍から見ると聖人のように見える。
キムが無料弁護を行っているのは、単に自分の中で善悪のバランスをとろうとしているだけで、キムが聖人だからではありません。
ジミーは、ハワードの信用を失墜させようと画策します。
これはなぜかというと、サンドパイパーの訴訟の件を早期和解に持ち込みたいから。
早期和解に持ち込むのは、裁判になると年単位で時間がかかり、ジミーが配当金を受け取るのが先になってしまうから。
HHMはデイビス&メインと共同弁護をしています。
ハワードの信用が落ちれば、裁判どころではなく、和解につながるのでは、という希望的観測です。
従って、ジミーが早期和解に持ち込みたいがためにハワードを陥れようとするのは、やや遠回りな施策と私には思えます。
その企みにキムが加わって、計画が加速、補完、増強される。
その目論見は大成功して、ハワードは信用を失う。
結果、サンドパイパーの訴訟は和解となりました。
そしてハワードがジミー宅を訪問してラロと鉢合わせになります。
ハワードを陥れる決行の日の朝、ジミーとキムは駐車場でキスをする。
そのあと、カメラは遠目からの撮影となり、バッテンのワイヤー越しに2人を写します。
これはターニングポイントの暗喩と思えます。
または破局の暗喩かも。
このドラマはこのような演出が至る所にあって、見返す度に発見があります。


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