周りの人間から、悪意や敵意を感じる場合

 とあるまとめサイトで読んだ話です。
 スレ主(掲示板のスレッドを立てた人物)は、周りの人間全てに嫌われているそう。
 悪意や敵意をひしひしと感じるそう。

 この人が病気なのかもしれませんが、それは分かりません。
 あと、全て分かった上で、おもしろ半分にスレッドを立てている可能性もあります。

 もし上記の考え「周りの人間全てが自分に悪意や敵意を持っている」というのが正しいとしたら答えはひとつ。
 その人自身が、周りの人間に悪意や敵意を持っているから、ブーメランとして自分自身に返ってきて、結果そのような悪感情を抱いているのだと思います。
 もしくは精神的な病気もあり得ます。

 全てがそうとはいわないけど、この世界は鏡です。
 人間関係で嫌な目にあうなら、自らを省みないといけません。

 交通社会でも、車を運転する際、周りの車に思いやりを感じない場合は、自分自身が自分本位の運転をしている可能性があります。
 たとえば細い道で、車とすれ違うとき、こちらが少しだけ避けると、あちらも少しだけ避けてくれます。こちらが避けないと、あちらも避けません。そういうことです。
 歩行者同士でも同じで、道の真ん中を堂々と歩くと、反感を抱かれる可能性は高いです。ちょっと避けると、あちらもちょっと避けるものです。

 人は、誰でもそうですが(自分自身も同じ)、自分の視点でものをみます。
 それは実は歪んでいる場合が多いです。
 そして主観でものをみる限り、歪んだ視点に気づけません。

 ブーメランとは違いますが、主観でものをみるとどうなるか、ひとつのエピソードを紹介します。
 赤ちゃんが生まれたばかりの、若い夫婦の話です。
 時刻は深夜。
 夫と妻は、同じベッドで寝ています。
 赤ちゃんは別の部屋です。
 眠っていた男は、赤ちゃんの泣き声で目覚めます。
 横の妻をみると、どうやら眠っているようです。
 男は、夜泣きに気づいた自分こそが、赤子をあやすべきだと考えました。
 けれど男は、起きることができませんでした。
 そのとき男は、隣で寝ている妻を(怠け者)と思います。
 もしかすると狸寝入りをしているのかもしれない。

 男が、自分こそが赤子をあやさなければならないと思ったものの、それに逆らった瞬間、妻を「怠け者」と思い始めました。
 男が自分の感情に背いたとき、自分の行動(赤子をあやさず寝ていること)に対して自己を正当化しました。
 その瞬間、自分を擁護する理由が幾つも出てきます。
 自分は仕事で疲れている。
 そもそも赤子をあやすのは妻の役割だ。
 自分は明日は早く起きる必要があるから睡眠が必要だ。

 自分のやるべきことをやらなかったばかりに、このような自己正当化を行うのです。
 男の、妻を見る目は歪みました。

 客観的にみたら、駄目な夫に思えます。
 しかし、夫自身は、自分を駄目な夫なんて全く考えていません。
 逆に、妻を怠け者と思っているぐらいです。
 主観でものをみると、こういうことになる場合があります。

 これを防ぐにはどうすればいいか。
 それは、相手の存在を考え、相手の立場になってものを考えればよいです。
 相手を自分と対等な人間として考えた瞬間、歪みに気づけるようです。
 言い方を変えるなら、主観から離れ客観的に物事をみる。そうすると歪みに気づきやすくなるようです。

 主観で物事を考える人は多いです。
 しかし主観で物事を考える場合、自分が間違っていることに気づきにくいです。
 客観的に考える、もしくは一歩引いたところから俯瞰すると、正しい判断ができる場合があります。

 ――頭では分かっていても実績はなかなか難しいものです。しかし、上記のことを知っているのと知らないとでは大違いです。
 さりげなく書いていますが、一種の悟りと思います。

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