まだレベルは低いけど、ある程度、絵が描けるようになりました。
昔は全く描けませんでした。
自分には絵の才能がないと思い込んでいました。
そう思い込むことによって、絵を描くという行為から逃げていたのかもしれません。
最初は、コミックの摸写を延々とやりましたが、特に楽しい作業でもなく、なんというか、暗中模索というか、自分に絵の才能があるのかどうかも分からないまま、闇雲に進んだ感じです。
1万時間の法則というものがあります。
※1万時間の法則について、自分は、絶対的に正しいとは思いません。一つの指針にはなるかな、という程度です。
1万時間、絵を描いてみようと思ったわけではないけど、とりあえず2000時間ぐらいやってみようと考えました。
2000時間描いてみて、ものになりそうなら、更に時間をかけてみるつもりでした。
予想通りといっていいのか分かりませんが、絵は、描けば描くほど上達しました。
何時間費やしたのかは計算してないから分かりませんが、ある程度絵は描けるようになって改めて「才能」とは何かと考えてみました。
才能は分野にもよるし、ケースバイケースの部分はあるにせよ、誰にでも備わっている能力ではと思うようになりました。
つまり、その能力を磨くか磨かないかの違いでしかないのでは、ということです。
絵を描く行為に限れば、たいていの人は、練習すれば絵を描けるようになるはずです。
泳げない人や、自転車に乗れない人は時々いますが、そういう人は、泳ぎの才能はないし、自転車に乗る才能もないと思います。
同じく、絵を描く才能がない人もいるはずです。
けど、少数だと思います。
学校のクラスで、泳げない人は何人いたか。
ゼロではない。
けど、5人もいなかった。
2~3人でしょうか。
自転車に乗れない人も、同じくそれぐらい。
絵を描く才能も、同じだと思います。
中には描けない人もいる。けど、大半の人は、練習すれば絵を描けるようになります。
絵を描くことにおいて、才能の割合は小さいと思います。
やるかやらないかの問題。
モチベーションが続くか、続かないかの問題です。
絵を描き始めて2年間でどれぐらい描けるようになったかは以下をご覧下さい。
・2年間にわたる絵の上達の記録
追記
才能と一口にいっても、色々と種類があります。
たとえば、AさんとBさんがいて、どちらも同じ時間だけ絵の練習をしたとする。
その条件で、もしAさんのほうが上手だった場合、それは才能の差なのでしょう。
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