チリトマトヌードルの思い出

 40年近く前、1980年代半ばの、小学校低学年の頃の話。

 土曜日の午後、友達と近くの公園に遊びに行きました。何をして遊んだかな、鬼ごっことか、缶蹴りとか、そんな他愛のない遊びだったはず。
 リーダー格のK君が、I君に「スイートスポットで、チリトマトヌードルを買ってきて」と言いました。
 いわゆるパシリだったのか、それともI君は父子家庭で、お父さんが貧乏で、お小遣いを持っていなくて、幼い頃に怪我をして、その跡が残っていたりして、そういういろいろな不幸を背負っていたから、お金を恵んであげるではないけど、買ってきてくれたら、お釣りはあげるから、何かそれで買ってくれば的なものだったのかもしれません。
 いわゆる「おい、3分で焼きそばパン買って来い」みたいな、強者が弱者に命ずる的なものはなかったと記憶しています。K君は、お家が商売をしていて、そこそこ羽振りがよかった。
 そのとき、自分は便乗して注文したのかは覚えていません。
 しかしその前後の記憶で、チリトマトヌードルを食べた覚えはあります。トマトの風味が独特でおいしかった。
 チリトマトヌードルを食べたのはたぶん別の日のこと。
 その日、チリトマトヌードルは、K君は食べることができなかった。誰も、食べることができなかった。

 I君は貧乏だから自転車を持っていなくて、私の自転車を借りることになりました。
 その自転車は昭和の中期から後期にかけて流行った、いわゆるスーパーカー的な自転車で、モダン(と言っても昭和的)な2灯ライトと5段変速機がついている、当時の価格で5万円ぐらいする、高価格帯の自転車でした。その自転車が自分の自慢というほどではなくて、実は当時、ブームも下火で、乗っているのが若干恥ずかしかったぐらいです。
 I君は、私のやや流行遅れになりつつある高価な自転車を借りて、亀山上皇銅像のある東公園内の、スイートスポットという売店まで行きました。今なら街の至る所にコンビニがあるけど、当時、コンビニはまだ珍しい存在でした。
 スイートスポットは、ジュースやお菓子類、カップ麺などを販売していました。高菜ピラフなどの軽食もありました。店員は若い女性で、高菜ピラフを注文すると、その店員さんが作ってくれます。私は1度だけ食べたことがあり、こちらが子供ということもあってか、店員さんとやけに馴れ馴れしく会話をした、薄ぼんやりした記憶があります。

※スイートスポットは2022年3月現在ありません。少し前までは「喫茶室あーる」という名前で営業していたようです。現在はこちらも閉店。

 さておき、I君はスイートスポットに行き、チリトマトヌードルを買った。
 I君の弁。精算の途中、店舗の前に止めていた自転車を乗り逃げされたという。
 I君は追いかけたが、追いつくことができなかった。
 そして彼は泣きながら、僕たちのところに徒歩で戻ってきました。

 それから私は私の親と一緒に交番に行き、自転車の盗難届を出したりして大変でした。
 自転車は結局、戻ってきませんでした。

 自転車は、I君の父親が弁償することになり、その弁償方法を話し合うためにI君はお父さんと一緒に私の家にやってきました。
 I君の父は浅黒い肌の、そんなに若くない(30代半ばか後半)、にこやかな顔つきの男性でした。
 話し合いの結果、購入価格の半額ぐらいを弁償することになりました。
 それでも25000円です。
 一括での返済は無理なので、月々3000円か5000円か忘れたけど、とにかく毎月返済することになりました。
 世はバブル景気に沸いている時期です。けれどもI君の父は、バブル景気とはあずかり知らぬところに身を置いていたようです。

 弁償の件は居間で話し合われていたけど、子供の自分にとってはつまらない話だったから、早々に席をたちました。といっても自分の部屋に戻るのも変だから、居間の隣の台所で手持ちぶさたにしていました。
 夜食のおにぎりがあったので、それを食べながら、I君のお父さんは貧乏なんだなとか、そんなことを考えていました。
 おにぎりを食べながら、あれ、おにぎりがあるということは、炊飯器の中にご飯はないのかな? と考え、ぱかっと炊飯器を開けました。
 炊飯器の中にご飯が入っていたのかどうか、それは覚えていません。
 しかし、炊飯器のふたを閉めた瞬間、I君のお父さんがこちらを振り向き、目が合いました。
 I君のお父さんは言いました。「お宅の息子さん、炊飯器からご飯食べてますよ!」
 私の父は台所にやってきました。「何をしてるんだ」 

「炊飯器のご飯を食べているわけじゃない」と私は抗弁しました。おにぎりを食べながら炊飯器の中身を見ただけです。

 I君の父は、目も悪かったようです。目が悪くて貧乏で、大人になったいま振り返ってみると、知能にも問題があったのだろうと思います。
 自分の息子の至らぬせいで借りた自転車を盗難され、その弁償の場において、被害者である私がおにぎりを食べているのをみて、あろうことか「炊飯器からご飯を食べてる!」といい出すバカさぶり。
 マツコデラックスじゃあるまいし、炊飯器から直接ご飯を食べるわけないだろうと思います。
 たとえ本当に私が炊飯器から直接ご飯を食べていたとしても、公共でさえない、自分の家のことであるし、それを他人にとやかく言われる筋合いもありません。弁償の話し合いの場において、他人の子供の粗を勘違いで言い出すというのはやっぱりずれています。場にそぐわない言動です。

 あとで調べてみるとチリトマトヌードルの発売は1982年でした。結構古くからあります、チリトマトヌードル。

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