アニメ版「新世界より」感想


 アニメ版の「新世界より」を視聴しました。
 原作小説や、コミック版も読んだことがあります。
 コミック版はいまいちだと感じたので、アニメもそれほど期待していなかったけど、アニメのほうが原作に近いと感じました。
 アニメ版は、少なくともコミック版よりはマシに思えます。

 アニメの作画については、好みの問題かもしれませんが、もうちょっと劇画タッチのほうが合っているかなと思います。
 後半の朝比奈覚なんてまるでホストの兄ちゃんです。

 コミック版はミノシロモドキとの出会いが削除されていました(いまもって考えてもなぜ削除したのか分からない)。
 アニメ版ではミノシロモドキがしっかりと出てきます。
 国立国会図書館つくば館は原作だとパナソニック製ですが、アニメ版では「パナソニック製」の言葉は出てきません。

「新世界より」という物語は奥が深くて、色々な見方ができます。
 最初は……念動力が当たり前の世界での少年少女達の物語……という、しょーもない話に思えます。
 ミノシロモドキ、もとい国立国会図書館つくば館が出てくるまでは、確かにしょーもない話(伏線は色々とあるにせよ)です。
 あの国立国会図書館つくば館の存在が、現代と虚構の世界をつなぐ橋みたいな存在なのだと思います。
 それまでは、三流ファンタジーみたいな話だったのが、国立国会図書館つくば館の登場により急に引き締まります。

 最初に小説版を読んだときは、国立国会図書館つくば館が出てきたあたりから引き込まれて一気に最後まで読みました。
 もちろんのこと、人間側に感情移入して読みました。
 2度目に読んだときは、バケネズミのほうに感情移入して読みました。

「新世界より」に出てくる呪力の使える人間は、いまの実際の人類とは違います。
 現在の人間が進化した形というとらえ方もできるかもしれません。
 将来、実際に人間が呪力を使えるようになるとは全く思いませんが、遺伝子の操作によって、たとえばIQ150が標準になる世界がやってくる可能性は十分にあります。
 その場合、いまの人類はどうなるのか。
 乱暴かもしれませんが「新世界より」で描かれるバケネズミのような存在になってしまうこともあり得ます。
 いや、それはまだいいほうで、実は排除される可能性もあるかもしれません。
 資本主義社会では、労働者は資本家に搾取される存在であるとかなんとか本で読んだことがありますし、実際にそうなのかもしれませんが、更に時代が進むと、搾取どころか不要になって抹殺される可能性さえあります。

 いまの人類が、家畜を生かしているのは人間の役にたつからで、食料などにするためです。
 人工タンパクが開発されて、安価で、味も家畜の肉と変わらないとしたら、家畜という存在を人間が養う意味は消えます。
 人間の都合で、家畜は生かされたり殺されたりします。
 いまの人類より高等な人類が現れたらどうか。
 高等な人類のさじ加減一つでいまの人類は絶滅することもあり得るかもしれません。
 現代の人間の視点からすればとんでもない話ではあるけど、いまの人間が家畜の視点にたってものを考えない以上、ある程度はそういう未来も覚悟しておく必要があると思います。
 人間は家畜より高等な生き物だから生殺与奪の権利があるとするなら、IQ150の人間が標準になった場合、IQ100の人間たちは家畜と同じ運命をたどるかもしれません。

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